河東碧梧桐の墓

河東碧梧桐(1873-1937)の墓は、郷里松山の宝塔寺墓苑(朝日ヶ丘1丁目)と東京台東区の梅林寺とにある。

↓ 宝塔寺墓苑の碧梧桐墓。
DSCF3272_convert_20120122151411.jpg 
「碧梧桐墓」の四字は自身の生前揮毫。

因に墓銘の事で一言する。梅林寺のもここ(注-宝塔寺墓苑)のも先生御自署の「碧梧桐墓」であるが、この墓銘はこの地(松山)の先生の侍者だった故藤田杉晩君が生前来松中の先生に「先生私の墓銘を書いて置いて下さい」というのを引取って「イヤ君は若い、僕のを書いて置こう」と即座揮毫されたもの是(これ)であった。(亀田小蛄『子規時代の人々』)


↓ 碧梧桐の墓の隣りには父・河東静渓の墓がある。 
DSCF3269_convert_20120122151242.jpg

親友で俳句のうえではライバルだった高浜虚子の碧梧桐追悼句。「碧梧桐とはよく親しみよく争ひたり」の詞書で、

たとふれば独楽のはぢける如くなり


今日2月1日は碧梧桐の忌日である。

【典拠文献・参考文献】
亀田喜一(小蛄)『子規時代の人々』うぐいす社 1967年1月
高浜虚子『虚子五句集(上)』岩波文庫 1996年9月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

四十島瀬戸

DSCF2145_convert_20120130151351.jpg
四十島、別名ターナー島。後景は興居島。
このあたりの海域は四十島瀬戸(高浜瀬戸)と呼ばれる。
穏やかな海だが、四十島の周囲の潮流は速い。

DSCF6708_convert_20120131083807.jpg

渦巻いて春の潮落つ四十島


村上霽月(1869-1946)の句である。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

道後温泉「椿の湯」

DSCF3444_convert_20120202131757.jpg  DSCF3441_convert_20120202132004.jpg
道後温泉本館の西100m程のところにある「椿の湯」。本館と同じく松山市の運営。お湯も本館と同じ。本館は観光客、「椿の湯」は地元客が多い。男湯の湯釜には、子規の「十年の汗を道後の温泉()に洗へ」の句が彫られている。

道後温泉の源泉は17本。そのうちの1本「第七号源泉」はこの「椿の湯」の中庭にある。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

鍵谷カナ

↓ 伊予絣(今出絣)を考案した鍵谷カナ(1782-1864)の墓(松山市西垣生町・長楽寺)。県指定史跡。
CIMG2964_convert_20120129170742.jpg

↓ 鍵谷カナ頌功堂(松山市西垣生町・長楽寺)。国登録文化財。
CIMG2959_convert_20110419133742.jpg

↓ 伊予かすり会館(松山市久万ノ台)にある鍵谷カナの胸像。
DSCF1039_convert_20120129172450.jpg

  今出飛白(かすり)の発明者鍵谷かな子の功徳を彰さんとて
  伊予郡の人より句を乞はれて
おもしろや紙衣(かみこ)も著()ずにすむ世なり


子規、明治29年(1896)冬の句である。

【典拠文献】
『子規全集』第2巻(俳句2)講談社 1975年6月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村


テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

大原其澤・其戎父子の墓(三津大可賀公園)

三津大可賀公園(かつての小松原)にある大原其澤(きたく)の墓(左)と其戎(きじゅう)の墓(右)。
CIMG2686_convert_20120205173043.jpg
大原氏は三津浜の住人。当主は三代にわたって俳諧の宗匠で、四時園一世其澤、二世其戎、三世其然とそれぞれ称した。三世其然の墓もこの地にあったが、今はない。

CIMG2687_convert_20120205173137.jpg
「其澤之塚 大原氏」とある。碑陰には其澤の句「造作なふ共にきえけり雪佛」が刻まれている。「造作なふ(なう)」は「造作なく」の音便形。

CIMG2688_convert_20120205173216.jpg
「宗匠四時園其戎翁之墓」。この銘の横に其戎の句「明月や丸うふけ行(ゆく)ものゝ影」が刻まれている。「丸う」は「丸く」の音便形。
四時園二世其戎は子規が「俳諧の師」と呼んだ人物である。


大きな地図で見る

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード