正月二日

DSCN0192_convert_20151231080112.jpg

老しづかなるは二日も同じこと 高浜虚子


DSCN0199_convert_20151231080230.jpg

先づ女房の顔を見て年改まる 同


DSCN0201_convert_20151231080258.jpg

初夢の唯空白を存したり 同


DSCN0204_convert_20151231080329.jpg

生くることやうやく楽し老の春 富安風生


DSCN0213_convert_20151231080354.jpg

独居(ひとりゐ)や思ふ事なき三ケ日 夏目漱石



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

新年の句

DSCN0058_convert_20151230225423.jpg

元日の人通りとはなりにけり 正岡子規


DSCN0137_convert_20151230225743.jpg

正月の子供に成って見たきかな 小林一茶


DSCN0114_convert_20151230225551.jpg

我に許せ元日なれば朝寝坊 夏目漱石


DSCN0072_convert_20151230225511.jpg

年改まり人改まり行くのみぞ 高浜虚子


DSCN0115_convert_20151230225639.jpg

祖母恋し正月の海帆掛船 中村草田男



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

鴎外編集の奇書『椋鳥通信』

永井荷風の日記、昭和12年(1937)11月19日条に「枕上『むく鳥通信』をよみて眠る」という記述。この日、荷風は敬愛していた森鴎外の『椋鳥通信』を読みながら就寝した。

『椋鳥通信』は鴎外による海外情報の抄録記事。鴎外は自身が定期購読していた欧州の新聞などから情報を拾い出して編集し、『椋鳥通信』と題して雑誌に連載した(1909年~14年連載)。記事には下のような珍談に属するものが多く、一大奇書ともいうべき内容の読物となっている。

一九〇九年五月十五日発
SerbiaでKosta Nikolic(コスタ ニコリッチ)という百十五歳の爺さんが自殺した。病身になって世をはかなんだということである。少し滑稽に感ずる。

一九〇九年七月四日発
巴里の女優Cassive(カシーヴ)の部屋で情夫が自殺した。アレクサンドリヤの富豪Achillopyio(アキロプーロス)の息子で二十八歳である。この女の部屋で男の自殺したことがこれ迄四人あった。これが五人目である。


こうした記事がつづくこの書を荷風は睡眠導入剤代わりとしていたのかもしれない。

それにしても鴎外という人、官僚としての多忙な生活の中、自身の貴重な時間を費やして、なぜこうした珍談収集のような仕事をしたのだろうか。『椋鳥通信』が奇書である以上に、鴎外という人が不思議な、奇異な人であるように思われる。

【参考文献】
永井荷風著・磯田光一編『適録 断腸亭日乗(下)』岩波文庫 1987年8月
池内紀編注『森鴎外 椋鳥通信(上)』岩波文庫 2014年10月

DSCF0909_convert_20141117134020.jpg

〔記事と画像は無関係〕

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

山頭火の「子規忌」の句

DSCF9277_convert_20140508131627.jpg

松山市居相町・椿神社(伊豫豆比古命神社)の境内にある種田山頭火の句碑。「子規忌」の前書をもつ「句碑へしたしく萩の咲きそめてゐる」の句が刻まれている。

今日9月19日は正岡子規の忌日。子規の忌日は「糸瓜咲て~」の絶筆の句に因んで「糸瓜忌」、また「獺祭書屋主人」の別号に因んで「獺祭忌」ともいう。

以下、「子規忌(糸瓜忌・獺祭忌)」を詠んだ俳人たちの句。「叱られし思ひ出もある子規忌かな 高浜虚子」「糸瓜忌や子規全集に恋あらず 加藤楸邨」「糸瓜忌や俳諧帰するところあり 村上鬼城」「糸瓜忌や虚子に聞きたる子規のこと 深見けん二」「供華活けて子規忌華やぐものとなる 稲畑汀子」「月並の句をな恐れそ獺祭忌 茨木和生」。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

古典にみえる月-不吉なものとしての月

今いと疾()く参り来む。ひとり月な見たまひそ。(そのうちすぐにもお側に帰って来ましょう。おひとりで月をご覧になってはいけませんよ。)

今は入()らせたまひね。月見るは忌みはべるものを。(もう奥へお入りになってください。月を見るのはいけないこととされておりますのに。)


『源氏物語』「宿木」の巻に上記の文。平安時代、女性が一人で月を見るのは忌むべきこととされていたらしく、『竹取物語』にも「月の顔見るは忌むことと制しけれども」云々の文がある。月はその美しさをめでるもの、だがある一面では、忌むべき不吉なものでもあったようである。

【参考文献】
石田穣二・清水好子校注『源氏物語(七)』新潮社 1983年11月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード