テレビドラマに見る若者言葉

2016年10月期放送TBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の台詞でつかわれていた若者言葉や俗語的言い回し。

【1話】
(沼田)食生活大切だよ。そうだ、津崎くんのぶんも明日から俺がつくってやる。
(平匡)結構です。
(沼田)瞬殺だね。


「瞬殺」=「瞬時に相手を倒すこと」。格闘技関係でつかわれはじめた言葉らしい。同意語「秒殺」。「瞬殺」「秒殺」ともに辞書には出ない。

【1話】
(沼田)まるっと作り直しじゃねえか!


「まるっと」=「すべて。全部」。一部地域の方言であったのが近年拡散したようである。

【1話】
(みくり)ふだんクールな男が弱っている姿、萌える


「萌える」は本来「草木の芽や葉などが出て伸びる」という意。「垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の萌えいづる春」(万葉集)、「うらうら草の茎が萌えそめ」(萩原朔太郎の詩)。今「萌える」といえば、上の台詞のような「心がときめく」の意の俗語的な用法でつかうのがむしろ主流。昭和の時代、「萌える」のこうした用法はまだなかった。

【1話】
(平匡)お嬢さんをぼくに……ハードルが高すぎる。
(みくり)ですよね。私も雇用主にそこまでしていただくのは。
(平匡)冷静に考えたらおかしなせりふですよね。ぼくにくださいって、物じゃないんだから。
(みくり)たしかに前時代的です。
(平匡)今どきは何て言うんでしょう?
(みくり)今どき?
(平匡)ググります。


「ググる」=「Googleで検察すること」。「ググる」は6話・10話でも平匡の台詞としてつかわれている(「あらかじめググっておくべきだった」「手順は理解している。確認のためにもう一度ググって」)

【3話】
(平匡)浸透力半端なーい。(中略)言葉の浸透力が半端ない。魔法のように乾いた心に浸み込んで行く。


「半端ない」はよく耳にする言い回しであるが、本来は「半端ではない(半端じゃない)」。「近年若者間に「半端じゃない」を略して「半端ない」という言い方があるが、一般には避けたい」と記している辞書もある。

【5話】
(平匡)そんなに癒されたいなら、こんな形式的なものじゃなくて本当の恋人をつくればいいじゃないですか?
(みくり)私は恋人のおいしいところだけが欲しいんです。


辞書に記載されている「おいしい」の俗語的な意味は「自分にとって都合がいい。もうけになる」であるが、上の台詞の「おいしい」は「いちばんいいところ」の意であろう。この意の「おいしい」は9話でもつかわれている(「私の場合はみくりがいたからね。娘がいる気分味わえちゃったのよね。最高よ、責任とらないでひたすらかわいがるだけ」「おいしいとこどり」百合とバーのマスターの会話)。

【5話】
(みくり)見てますか?
(平匡)たぶん。
(みくり)ちょっと回りますね。見てます。めっちゃ見てます。


「めっちゃ」は「〈めちゃ〉を強めた若者言葉」として辞書に出るが、もともと関西方言としてあったのが若者間に拡散したものなのかもしれない。

【5話】
(沼田からのLINE)百合さんと偶然会って呑んでるなう


「~なう」は自分の現在の所在地や行動を知らせるネットスラング。2010年の新語・流行語大賞トップテンに入っている。

【5話】
(沼田からのLINE)百合さんに何言ったの? 激おこだぞ!


「激おこ」は「激怒」。いわゆるギャル語らしい。

【6話】
(みくり)この喜びは野生のカピバラを手なずけた感覚。撫でたい。撫でたいけど、逃げられそうでこれ以上は近寄れない、みたいな


「~みたいな」は一種のぼかし言葉として若者間で多用される。

【6話】
(安恵)あっ、これいい。さりげなくかわいい。お泊りランジェリー。
(みくり)かわいい。
(安恵)オープン記念で30パーオフ。
(みくり)安い(!)って、買わないし


「~し。」は助詞の「し」を付した言いさしの形。「~し。」の言いさしは若者間の口頭語で多用される。

【7話】
(みくり)そうして次の電車もバスの中でも何も言わずに爆睡。でも絶対タヌキ寝入り。


「爆睡」は「俗語。ぐっすり眠ること」として辞書に出る。

【7話】
(みくり)それからというもの、あの日のことは完全にスルー。鬼スルー


「鬼スルー」の「鬼」は後接する語の程度が甚だしいことを示すもの。英語の「through」に由来する「スルー」は「無視」「聞き流すこと」「やり過ごすこと」といった意味でつかわれる。

【7話】
(百合)本当の意味ではもててなかったのかもね。
(風見)刺さるなあ、それ。


「その言葉が胸に(心に)刺さる」というような言い回しは以前からあったが、この「胸に(心に)」のない「刺さる」は近年の発生であろう。

【7話】
(安恵)こうすればああすればって、自分でするのは勝手だけどさあ、言われるとうざい
(みくり)あっ、今の言葉ハードヒット。
(安恵)まじ


「うざい」は「うざったい」の略、「うっとうしい。わずらわしい」。「まじ」は「まじめ」の略、「本気、本当であること」。江戸時代の洒落本にすでに「まじ」の用例がある。

【7話】
(堀内)なにげにひどいんだけど。


「なにげに」は若者間でよくつかわれるが、誤用。「なにげなく」「なにげなしに」というところを誤ってつかわれ始めた。

【8話】
(みくり)もっと近づきたいと欲をかいてしまって、受けいれられていると思い込んだ自分が痛い女だなっと。


辞書に記載されている「痛い」の俗語的な意味は「無様で痛々しいさま」。

【8話】
(みくり)行ける。この調子だ。あの夜のことはおもしろおかしい出来事として、妄想でちゃかし倒して行けば、きっと乗り切れる。


「~し倒す」で「徹底的に~する」。いわゆる若者言葉ではないが、若者がおもしろがってつかいそうな語。

【8話】
(葵)たまの風呂掃除でどや顔されてもね。


「どや顔」=「得意顔」。関西の芸人間で発生した語で、近年拡散した。「どや(どうや)」は関西方言で、「どうだ」の意。

【8話】
(梅原)えっ、また一人減るんですか?
(百合)うん、産休に入るんだって。
(梅原)最悪。
(堀内)ぶっちゃけ迷惑。


「ぶっちゃけ」は「包み隠さず話すさま」で、「すっかり言ってしまうなら」の意。動詞「ぶっちゃける」から来た言葉らしい。「ぶっちゃける」は「中のものをすっかり外へほうり出す。隠さないですっかり話す」の意の「ぶちあける」の転。「ぶちあける」は浄瑠璃「義経千本桜」に「ぶちあけて詮議せん」、滑稽本『東海道中膝栗毛(続編)』に「心安いからぶちあけていってもえいが」の用例がある。

【8話】
(日野)めっちゃ楽しい。俺の中で超アミューズメント。(中略)日野という超レアキャラと飲めるチャンスめったにないからね。この留守電聞いたらソッコーで来て。


後接する語の程度が甚だしいことを示す「超~」は若者間で多用される。「ソッコー」は「すぐさま。ただちに」の意の俗語、昭和の時代からすでにあった。「すみやか」の意を含む「速攻」「即行」「即効」といった語のイメージに由来するものであるらしい。

【10話】
(平匡)かわいすぎるんですが。
(みくり)それはこっちのせりふです。


「~すぎる」を付した「かわいすぎる」「やばすぎる」「きもすぎる」等々は若者が頻繁につかう語。

【11話】
(みくり)派遣社員だったとき、よく上司にあれこれ提案してたんです。こうしたほうが効率的とか、なぜこうしないんですかとか、でも向こうはそんなもの求めてなくて、うざがられて切られるっていう。


「うざがる」は「うっとうしい。わずらわしい」の意の「うざったい」「うざい」から派生した語であろうか。「うざがられる」=「うとましく思われる」。

上記のような若者言葉や俗語が頻繁に現れるこのドラマだが、7話のみくり・平匡のメールのやりとりの場面では、そのみくりからのメールの結びに「末永く」という幾分あらたまった古風な言葉がつかわれていて強い印象を残した。古くからの言葉にはやはり奥ゆかしいおもむきといったものが感じられる。

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テーマ : 日記
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「鬼」の語の接頭辞的用法

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伝説や昔話などで語られる鬼は、異界より現れて人を害する怖るべき存在、その顔も角や牙をもつ醜悪なものとしてイメージされてきた(一説では、鬼の集まる鬼門は丑寅(うしとら)の方角だから、鬼には牛の角、虎の牙があるという)。

画像は伊佐爾波神社(松山市桜谷町)楼門の鬼瓦。醜悪な鬼の顔をかたどって魔除けとする。

魔を退散させるほどの威力があるとされてきた鬼だが、その実在性は奪い取られ、今では「鬼」はもはや単なる接頭辞。その接頭辞としての「鬼」も「厳しい。怖い」という意味(「鬼監督」「鬼検事」等)であったのが、近年の若者言葉では単なる強調、後接の語の程度が強いということを示すだけのものとなっている。

それからというもの、あの日のことは完全にスルー。鬼スルー。ノータッチ。ノーリアクション。バックオーライ。何なんですかねえ、この人は。(昨年秋放送TBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』7話・バスガイド姿のみくりさんの台詞)


このドラマの台詞にある「スルー」は無視の意。「完全にスルー」も「鬼スルー」も同意で、「鬼」は「スルー」の程度が強いということを示している。若者世代の使う「超難しい」「超忙しい」等の「超」も程度が強いということを示すものだが、その使われ方からすると、「超」よりも「鬼」のほうがさらに程度が強いと彼等のあいだでは認識されているのかもしれない。

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

「にわか雨」「驟雨」「肘笠雨」

「にわか雨」-漢語では「驟雨」であろうか。「驟」は「はやい。かけ足で、物事のテンポが急であるさま」。『源氏物語』では、にわか雨のことを「肘笠雨(ひぢかさあめ)」といっている。

肘笠雨とか降りきて、いとあわたたしければ、みな帰りたまはむとするに、笠も取りあへず。〈肘笠雨とかいうものが降ってきて、とてもじっとしていられないので、皆お帰りになろうとしても、笠をさす暇もない。〉(『源氏物語』「須磨」)


「肘笠雨」は、肘(ひじ)を頭の上にかざして笠のかわりとする以外にしのぎようがない雨という意。にわか雨に遭遇した人のさまをとらえたおもしろい言葉である。

【典拠文献・参考文献】
石田穣二・清水好子校注『源氏物語 二』新潮日本古典文学集成 1977年7月

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テーマ : ことば
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正岡子規「華盛頓」

「華盛頓」はワシントン。アメリカの初代大統領ワシントン(1732-1799)の漢字表記である。子規は数え年16歳の時に「華盛頓」と題する漢詩を作った。

  華盛頓
果看草莽起英雄
焦思砕心百戦中
血雨剣花春爛漫
中含天地自由風

  華盛頓(ワシントン)
果たして看る 草莽より 英雄起こるを
焦思砕心 百戦の中
血雨剣花 春爛漫
中に含む 天地自由の風


「天地自由の風」-明治以降、「自由」はlibertyやfreedomの訳語として用いられた。子規のこの詩でも無論その意だが、「自由」という語は古くは「わがまま」「好き勝手」「勝手気まま」といった意味であった。

この僧都、見目よく力強く、大食にて、能書、学匠、弁説人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者(くせもの)にて、よろづ自由にして、大方、人にしたがふといふ事なし。(『徒然草』第六十段)


「この僧都(盛親僧都)は容貌がよくて力が強く、健康で大食、書の名手であり、学者であり、弁舌さわやかな点でも人にすぐれて、宗(真言宗)の中でも立派な僧であるから、寺(仁和寺)の中でも重く見られていたけれども、世俗のことを何とも思っていない変わり者で、万事勝手気ままで、いっこう世間普通の人のとおりにするということがない」。
気ままなふるまい、身勝手なふるまい、「自由」はそれを非難する意を込めてつかわれる語だったのである。

【典拠文献】
『子規全集』第8巻(漢詩 新体詩)講談社 1976年7月
松尾聡『徒然草全釈』(新装改訂版)清水書院 1989年3月

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
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「弁当」の語源

「弁当」の語源は「面桶(メンツウ)」であるという説が江戸の後期ごろからあって、民俗学者の宮本常一もその説で「弁当」の語の由来を述べている。

なお家の外でとる食事をベントウといいますが、これはメンツウからきたことばのようです。面桶と書きます。曲物の桶で、一人まえずつの食事をいれて、野外で食事するときこれでたべたのですが、室町時代の終わりごろ、武士たちが戦場へ出て戦うとき、面桶に食物をいれて持っていきました。それがなまってベントウといわれるようになり、字も弁当という当て字が多く用いられて、今日にいたったのでした。(宮本常一『食生活雑考』)


「面桶」は檜・杉などの薄板を曲げて作った楕円形の器。古くは道元の『正法眼蔵』などにその語の用例[注]があるが、この「メンツウ」が「ベントウ」に変化したというのはどうも無理があるようである。『日本国語大辞典』によると、「弁当」の語源は中国の南宋ごろの俗語「便当」に求めることができるそうで、もとのその「便当」とは「便利なこと」という意。便利なこと→便利なもの→携行食という意味の変化で、今の弁当の意が生じたという(「弁」は「便」の当て字)。「弁当」の語源に関してはこの「便当」説が妥当なようである。

[注]-『正法眼蔵』「洗面」に「面桶をとりて、かまのほとりにいたりて、一桶の湯をとりて、かへりて洗面架のうへにおく」等とある(岩波文庫本『正法眼蔵(三)』123頁)。岩波文庫本の脚注では「面桶」は「洗面のためのおけ」。

【典拠文献・参考文献】
『宮本常一著作集』第24巻 未来社 1977年3月
道元著・水野弥穂子校注『正法眼蔵(三)』岩波文庫 1991年7月
『日本国語大辞典 第二版』第11巻(「弁当」の項)小学館 2001年11月

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